2018年07月07日

緣分一生

習慣了一個人的身影,孤獨的靈魂如一的冷漠表情,在落日的時候就常常不知道自己身在何方。該去哪里去做什麼,平靜的面容下掩藏了一個枯萎的心情,

於是討厭白天,卻喜歡上了夜,在那份幽暗中可以讓我找回自己,讓我釋放我所有的虛偽和疲憊。

在生活中,沒有過多經歷的我,更願意讓自己刻意的去偽裝,不敢輕易的顯漏自己的不羈。在看似平靜中的表情下,小心的做事小心的生活,生怕自己的違

背了所謂的生活潛規則。早已沒有了激情,麻木的行走著。原以為我今生要麻木地走過,一個在欣賞著自己的風景,直到走進網路,走進你的世界,我才發

現自己還有著激情,有著自己那份生動的表情。你的文字將我的心扉再次開啟,如潮水的傾瀉,一地的激情。

不曾記得何時彼此開始觸碰了那心靈的蛛網,纏綿成了層層巨浪,湧動了心底潛伏了多年的暗流。沒有記錯的話此時的窗外一定還有一束月光,一束我們都

能凝望到的微涼,串成我們心上的鏈橋,孤獨卻也希望。

一直喜歡一首歌“就算前世沒有過約定,今生我們都曾癡癡等”我們雖然不能回首前生,也許我們不過是彼此的過往,但這個輪回我們是與風接吻的魚,無

論結局是否悲涼我們都願意癡癡等。你看那尾金色不早已經在風的親吻中幻化成龍。今夜的我,不是在觸摸鍵盤,我是在鍵盤裏尋找你,尋找你的淺笑你的

嗔怒,來把這個漫長的虛空填充。今生的等待從這個漆黑已經看到了漸泛起銀色的黎明。

“茫茫人海走到一起算不算緣分,何不把往事看淡在風塵,只為相遇那一個眼神,彼此敞開那一扇心門”有人曾說過網路是曠野的風,無論你身在何處,都

會把塵埃吹到每個角落。我喜歡那微小的塵,喜歡那滿是灰塵的我,我包容了所有的塵,塵也佈滿了我的每個角落,從此我不再害怕孤單,所有的一切都是

你,有你有我。

“風雨走過千山萬水依然那樣真,只因有你陪我這一程”總是在歡喜過後傷感,總是在牽手後感覺你的遙不可及。人是個感情動物,註定要在感情的洪流中

掙扎。夢裏是懷中你的溫柔,夢醒滿身是你的飄絮在我周身徘徊,亦可攔懷亦可任之在我的空間飄揚。因為有你我開始了嚮往夢境,嚮往生活的簇擁。擁你

和我一起飛翔,飛向我們的藍夢,這個夢境是真實的影象,她是我們彼此的思念編織成的美麗的衣裳,演繹著我們的生活,舞蹈著輕盈柔美的樂章。這一程

我們歷經了幾世的風霜,因為有你相伴,我體會了什麼是幸福什麼是愛情的久長。看看我們走過的腳印吧,親愛的,一直對對雙雙。

習慣了叫你“小傢伙”,把你像孩子樣的寵著,任你雨點般的拳頭落在我胸膛,此刻的我知道什麼是男人的責任什麼是愛情的力量。短暫的分離就像隔世一

樣,只想盡快的看到你,看著你說我懶惰,看著你為了要束身成美麗的女神吃黃瓜的小樣。今夜心情,不,已經是黎明了,夜被你的身影驅趕跑了,於我就

不再那麼的長。

“多少情會牽絆這一生,只有相愛相知相依相偎的兩個人,才能攙扶走過這一生”。是的我們都有太多的情牽絆了,我們都是家裏的瑰寶,一發動我們全身

,有時候真的讓人顫慄。愛情的曲折感傷也將是我們必須要經歷刑場,可又有什麼能讓兩個相愛相知相偎的人退卻呢?我們已經看到了重生的希望不是嗎!吾

愛,今生的路讓我陪你好嗎?我願意做你一生的避風港。

今夜心情,今夜皎潔的月光,和著你思念的影把我幸福的已經快慰平生了。真的想你,想著你現在在幹什麼,在這個想你到天明的夜,你是否也如我一樣,

在夢裏醉倒在我的懷裏酣睡,還是醒來後想像懶惰的我還在被子裏蜷縮。

想你的時候,也告訴自己你離我是那麼的遙遠,讓我心生無助。想你的時候,也明白彼此牽掛的是那麼的深那麼的沉,生怕成就了一聲歎息。想你的時候心

裏滿是你,雖然有愛情的痛楚,但是慶倖自己還有人在為我快樂為我憂傷,還有那思念深深的植在心裏,讓我勇敢的去面對生活給予我的絲絲痛楚。

今夜有你有我,今生為你守侯的我,在這個五月,緣分的花在彼此心中綻放,永不凋謝!  


Posted by aoejidln  at 22:38Comments(0)

2018年06月29日

たまたま横に座った人

旅行の中身は、さておいて。
書きたいことを気分次第で書く。

おひとり様で参加されていた女性Aさん(推定70代前半)。
ご主人はAさんが50代の頃に他界。
お子さんは男女ひとりずつで、孫7人營養補充品

仕事は引退。
現役時代はしっかり仕事をされていたよう。
未亡人になられてから月日は経ち、お気楽な独り住まいかと思いきや、、、
朝は5時に起き、キッチンガーデンの野菜たちの世話。
7時ぐらいから手作り朝食。
食べる順番があり、繊維質の野菜から始まり、あれやこれやの健康的な食事。

おせち料理も全て手作り。
小学2年の孫(女子)が、遠方の居住地から自分の両親より先に1人で来た時のエピソードを話してくれた。
おせち料理を一緒に作り、レシピを教えて欲しいと孫に頼まれ教えてあげると、大感激されたとか。
この女の子は、Aさんの娘さんの4人いる子供の末っ子痔瘡手術復發

Aさんの娘さんの現在の子育て。
夫は単身赴任、自分も仕事をしながら4人の子育てをされた。
上の子供に下の子供の世話を順々にさせるシステム採用。
じつに上手なテキパキ子育て。

聞けばAさんも4人姉妹の長女(さらに長兄がいる)。
子供の頃は、順々に上が下の姉妹の世話をしたそうだ。
子供たちの散髪は全てAさんがしたらしい。
器用なレザーカットの手さばきをジェスチャーで目の前で見せてくれた。
生活の知恵の受け継ぎ、申し送り、バトンタッチ。
すごいなあ、と感心する政府資歷架構認可課程

さてさて、これ、すべて、頷き、驚き、尊敬の眼差し、だが、聞く一方。
私からの話は、恥ずかし過ぎて、お話にならなくて、全然言えない。

子供さんやお孫さんが素晴らしいのはAさんが素晴らしいから。
Aさんが素晴らしいのは、Aさんを育ててくれたご両親が素晴らしいから。
順番に、順繰り、順繰り。

仮にわたしが、Aさんのお孫さんを羨ましく思っても、それはAさん一族の習わしの結果である。
目に見える先っちょだけ真似して取り入れようとしても無理がある。
羨ましくもあり、わたしには無理!と、早々にサジを投げ、さっそく努力を放棄した。

今日からでも、ほんの一部でも取り入れようと思えば取り入れられると思うのに、絶賛だけして、負けて不戦勝。

わたしは努力嫌いなので、とても太刀打ちできないし、しようとも思わない。
DNAも環境も違う。あっさり、負けは負け。
まあ、いろんな角度からモノゴトは見えるので、いろいろありますね、みたいな、さらりとした自分への落とし所となる。

旅でたまたま御一緒しただけで、一期一会。
わたしが自分から話さないのでAさんが気をまわして、差し障りがない話題で、しかもAさん自身も楽しい会話。
シーンと白けたり、根掘り葉堀り、わたしのことを聞かれたりするよりは、ずっといい。
わたしも和やかに話せるし、Aさんは、人との交流がお得意な方なのだろう。
そういう関わりも悪くない。

このAさん、別のおひとり様参加の女性Bさん(80歳手前)から、家庭事情を細部にわたり、ベラベラ話されていた。
Bさんの舅、姑、子供、孫の話。
とりわけ、学校の成績、学歴の話を延々とされていた。
よくもまあこれだけ、自慢にも聞こえる話を一方的にするなあ、と。
しかも半世紀にわたる、学歴ストーリー。
Aさんは、気持ちよく相槌を打ちながら延々と聞いておられた。
色んな人がいるんだなあ、とわたしは感心する。

で、この学歴自慢Bさんは、わたしにはトーンが低くくなり、一言も家族の話題はなかった。
しかも、彼女は文庫本を読み始め、話したくないシャッター、ガシャン。
色んな相性があるようだ。  


Posted by aoejidln  at 15:48Comments(0)